かなしみよ 向うへ行って

 

 

 

 

Snow Manが好きだ!!!

(唐突)(デカ主語)

 

そして、それと同じくらい

 

椎名林檎東京事変が好きだ!!!!(ウルトラ唐突)

 

 

 

 

正確に言うと、私は椎名林檎さんが曲の中で紡ぐことばが好きなのだ(以下、椎名林檎さんのことを最大の敬意を表して林檎嬢と呼ばせていただきます)

 

 

 

これを読んでくださってる皆様は、

東京事変の「絶体絶命」

という曲をご存知でしょうか。

 

👇とりあえず公式の動画を貼ります👇

https://youtu.be/eCQZevUHlj8

 

 

「絶体絶命」という曲名からは想像もつかない、この軽くて明るい曲調にひきこまれちゃう。

 

でも歌詞を読むとやっぱりどこか暗くて、この光と闇の要素たちを違和感なく融合させることができるのが林檎嬢の魔法(だと思っています)。

 

 

さて、と............(深呼吸)

 

 

なぜ、私が冒頭でSnow Manの名前を出したか。

 

それは、この曲が

「岩本さんの深澤さんに対する思い」

かつ、

「深澤さんの岩本さんに対する思い」

 

……と解釈したら、脳に宇宙が広がったからです。(オタク、好きなもので自爆しがち)

 

 

いやまあ実際、このブログの話はこのふたりじゃなくても置き換えられるんですけど、

それでも私の中でいちばん響いたのが、このふたりだった、というわけです。

 

 

頭の宇宙をうまく言葉にできませんが、なんとか頑張るので、そんじゃレッツゴゥ⤴︎😃✌️🎶🎶

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたし」は、あなた

 

急にガバ暴論ですみません。

 

林檎嬢の書いた、絶体絶命の歌詞に出てくる「わたし」、これをこのブログ内では

岩本さんにとっての深澤さんで、深澤さんにとっての岩本さん

と捉えていただければ、と。

 

岩本さんと深澤さんはお互いのことを「もうひとりの自分」と感じてるんですよね。(本人達から聞いたわけではないが)(でもきっとそう)

 

絶体絶命の冒頭の歌詞

「かなしみが声を殺してわたしを待ち構えている」

もうひとりの自分に "かなしみ" が降りかかってくる様子を見ている。

 

そりゃ〜〜〜全部全部、見てきましたよね……ずっと一緒に、肩を並べて歩んできたんだから、お互い相手に降りかかるかなしみなんて共にしてきたに違いないジャン……(メソ)

 

 

 

 

 

隣で闘ってきたふたり

 

「躙り寄る気配の主を知りながらも手に掛かって

 余にも重く余にも硬く余にも暗く余にも冷たい

 かなしみが顔を隠してわたしを抱き抱えている

 伸し掛るその恐ろしさ知りながら儘と捕まって」

 

お互いを取り巻く状況は、お互いが一番わかってきたふたり(私の想像)。

その「わたし」= もうひとりの自分を脅かす "かなしみ" の気配を知りつつ、でもそいつは顔を隠してる。目の前にある不安のせいで抱いてしまう漠然とした "かなしみ" がお互いに共通してることを、ふたりは理解してたんだと思うんです。でも逃げずに、その "かなしみ" の中で生きていくふたり。

 

「余にも低く余にも永く余にも深く余にも大きい
 静寂が嘯く「騒いだ所で出される答は同じ」と
 教えてよ頭のうちでは言葉がなにより正しいと」

 

ここでの "静寂" って、下積み時代のことだと解釈できるな、なんて思うんです。

なかなか芽を出せず、日の目を見る日が来るのを願っていた時期が彼らにもあったと思います。そこで投げ出してしまったところで、それがベストじゃないことももちろんわかってたと思う。もうひとりの自分が塞ぎ込んだときに、信じてやってきたことを言葉にして、お互いがその闇から目を覚まさせてきたんじゃないかな、そうだといいな……

 

 

 

 

闇から抜け出して夢へ

 

「かなしみよ横たわってわたしを喰い尽さないで

 関わり合って居ない知能と肉体だけ持て余して 

 絶望が囁く「逃した魚へ拘泥る姿勢は尊い」と 

 教えてよ口に出した途端言葉は裏切るものだと」

 

もうここからはひといきに進みたい(進みたい?)

 

ここでようやく "かなしみ" に対して語りかけるんです。これまでは、"かなしみ" がもうひとりの自分にまとわりついているところをただ見ていた。でもやっと、「わたしを喰い尽さないで」と言えた。自分のためにも、そしてもうひとりの自分のためにも、一歩を踏み出せたんです。たぶん。

 

"逃した魚へ拘泥る姿勢は尊い" 、ここほんとに好きなんです。急に主観ですみません。

幾度も挫折を経験して、絶望の淵に立たされてきたふたり。それでもふたりは共通する大きな夢を、諦めず、しつこく追いかけ続けた。だからこそ、お互いに揺るぎない価値を感じることができた。

 

ここは都合の良い解釈をしてしまうんですけど、

"教えてよ口に出した途端言葉は裏切るものだと"

この "言葉"って、不意に溢れてしまった弱音とかじゃないかなって思うんです。

どんなに強く逞しいふたりでも、ぽろっとこぼす弱音があったと思う。でもその言葉たちなんていつかかき消していける、そうでしょう?って、鼓舞するような歌詞だと思う、というかそう思いたい。

 

 

 

 

かなしみよ 向うへ行って

 

「唯独りにして放っといてさようならかなしみよ
 寝返り打って‥かなしみよ向うへ行って‥
 かなしみよ押し黙ってわたしを縛り付けないで
 晴れ渡る空は遠く塗り潰されて行く」

 

この曲の最後の勢いが好き。迫りくるような曲調も、泣きながらもがく彼らを想い起こさせるような歌詞も、ぜんぶが好き。

 

「もうひとりの自分に襲いかかる "かなしみ" なんていらない、そんなのは自分が取っ払ってやる。」

そんな強い意志を感じるんです。

 

もうひとりの自分のために、涙を流しながらただがむしゃらに闘うふたりの姿が、勝手に脳内で映像化されちゃって。ひとりでションションしてる(ションションってなんだろ)。

 

 

 

 

 

 

デビューまで一緒にひた走ってきたふたりはきっとこれからも肩を並べて、

「もうひとりの自分」を愛しながら、全力で進んでいくんだと思う。

 

彼らがその足を止めない限り、わたしは彼らがつくっていく轍を道にしたいし、

彼らに "かなしみ" が降りかからないように、一緒に歩んでいきたいです。

 

 

 

 

超サムい終わり方で恥ずかしいので

絶体絶命のiTunes貼って終わります❗️わら

読んでくださった方がいらっしゃれば、

心から、ありがとうございました☺️💜💛

絶体絶命

絶体絶命